ヘゴに活着しているランが、長年月を経過して姿形を修正する必要が生じた場合の作業方法をご紹介いたします。
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ヘゴ着けランの修整作業
ヘゴ着けはしっかりと活着してしまえば、その後の管理は手間いらずですが、活着がうまくいかなかったり、姿形が整わなかったりするものがでてきます。
活着が不十分なものはランの固定のし直し等を行います。
一番問題なものは、すでに充分活着しているヘゴ着けランの姿形を修整することで、例えばランの成長によりヘゴが小さ過ぎる状態になったものがあります。
成長によりランがヘゴからはみ出してしまったものは、新根もヘゴからはみ出している場合が多く、ランの取り外しが比較的容易にできます。
今までは十分に活着しているランをヘゴから取り外すことは困難だと思っていました。
以前、当園のヘゴ着けランで、ヘゴに着けてから10年前後経ったスノーダンサー(フウラン交配種)のヘゴが、ランに比較してあまりに小さ過ぎるものは、そのヘゴの背後に一回り大きなヘゴを抱合せてみましたが、ヘゴが2段になり観賞上問題がありました。
ヘゴに活着したランを取り外すことは、適正な時期に適当な道具を使って行えば、割合容易に行えます。
ヘゴ着けランは10年からそれ以上も植え替えの必要もなく、管理がよければ年数を経るごとに観賞価値が高くなりますが、ヘゴを付け替える必要が生じた場合はヘゴの交換作業が可能です。
作業時期はランの休眠期がよく、年平均気温が底を打つ1月中旬以降がよいです。
新根が動き出すまでの期間をできるだけ短くすることを考慮すれば、その直前の3月中旬〜4月(地域の違いを考慮すると、桜の開花する半月ほど前から満開に至るくらいの期間といえます。)が適します。
年平均の最低気温が10℃を超えるころになると、植物の活動が始まり、根が水分を多く含んで硬くなりますので、理想的にはその前が最適となります。
古根の先端の再伸長や新根が動き出してからは、ランへのダメージが大きくなりますので、来期まで待つほうがよいです。
それでは始めにフウランのヘゴ着け修整作業からご説明いたします。
このヘゴ着けフウランは、軽微な修整をした例です。
約10年前にヘゴ着けしたフウランですが、取り付け時に株元をヘゴに押し付けるのが不十分だったか、下葉が枯れ上がったために株の下に空間ができて浮き上がった状態になっています。
この状態では株元の空間があるので、より乾きやすくなります。
このままでも生育に支障ありませんが、水やりは他の株と同じサイクルであることと、姿形の修整を兼ねて固定のやり直しを行います。
この株は浮いている株元を再度ヘゴに近づけるように押さえて固定しました。
株元の根は折れるものもありますが、休眠期の作業であれば大きなダメージとはなりません。
次のヘゴ着けフウランは、ヘゴを交換した例です。
これも10年前後経過したヘゴ着けフウランですが、管理が不十分で上記のものと同様になっています。
こちらは固定のやり直しでは配置も良くないため、活着したランを取り外してヘゴの交換作業を行いました。
フウランの根は細いため、ヘゴの維管束(ヘゴの茎の中を縦に通る水養分を運ぶ細いパイプの束の部分)が密でなく粗であると、根は維管束層の中へ潜っていくものがあります。
根がヘゴ材の中に潜り込んでいる状態からは取り外しが困難に見えますが、逆にヘゴの維管束層が粗なものはヘゴ材が柔らかいため、維管束を割ったりしてほぐし開くのは容易といえます。
ヘゴ側面の状況です。
根が維管束層の中へ潜ったり、出たりしています。
剥がす前のヘゴ裏側の状況です。
古くなって枯れた根もそのままの状態です。
木部(ヘゴ材の中心部にある非常に硬い部分で、縦に延びる波状のしわのように重なっています。)は縦方向へは簡単に割れます。
この面に張り付いた根は、ヘゴ材が平滑であるために食器ナイフを使えば傷つけずに容易に剥がせます。
上記の張り付いた根を剥がせるだけ剥がした後、ヘゴ裏側の木部を矢床(ヤットコと呼ぶ挟むだけの工具です。)で挟んでひねり、少しずつ割りながら外します。
この時に根が1本切れてしまいました。
木部が重なった内部にも張り付いている根があるので、食器ナイフで剥がしながら作業します。
表面の維管束層部分に潜り込んだ根を、主にマイナスドライバーを使って掘り出します。
マイナスドライバーは先端の幅が広いものと狭いものの2種類程度を使うとよいです。
写真のヘゴは維管束のパイプの束が割合に緻密でないため、比較的柔らかくてニッパーで噛み切ることが可能です。
根の潜入した位置に対して離れた部分から少しずつ噛み切って根を取り出します。
こちらの潜入部分はマイナスドライバーの先を差し込み、ひねることによって維管束を剥がしていきます。
ニッパーで噛み切るのは握力も必要になり、このやり方の方が容易に行えます。
根の潜入した位置と、その根が表面に浮き出た位置から、潜入して見えない根がどこを通っているか推定します。
潜入しているのみで抜け出た部分がない根は、維管束層の中で先端が伸び止まっている可能性があります。
維管束層が粗で柔らかい場合は、深い位置まで伸びて止まっていることもありますが、維管束層が密で硬い場合は、1〜2mmから深くても5mm程度で伸び止まっているものが多いです。
主にマイナスドライバーを使って取り外した状態です。
ヘゴ材個々の材質の相違(粗密度等)により異なりますが、維管束層部分に潜入した根はヘゴ材の端部では貫通するものもあります。
端部でない所で潜り込んだ根は、柔らかいヘゴ材ではおよそ1〜3cmの深さで先端が止まっています。
ヘゴ材が柔らかい場合は、根が維管束層に深く潜入していても割って取り出すのも容易です。
逆にヘゴ材が硬い場合は、深く潜入する根はほとんどありません。
取り外した後のヘゴ材です。
木工ヤスリ等で整形すればまだ使用可能です。
細い枝の束のように見えるのが、中芯がパイプ状になっている維管束です。
取り外した後のヘゴ材とフウランです。
フウランは枯れた花茎と枯れた根を整理してあります。
フウランは1株だったものですが、基部の茎が枯れ上がっていたため切り離しました。
作業開始から途中で写真を撮りながらの作業となりましたが、ここまで28分間の作業時間でした。
ヘゴを交換して付け替えました。
取り外したフウランを交換したヘゴに着け替えるまでの作業時間は12分間でした。
以下の写真は、2月に行ったヘゴ着けスノーダンサー(フウラン×リンコスティリス交配種)のヘゴ交換作業の様子です。
ヘゴに着けてから10年以上が経ち、株が大きくなってヘゴがかなり窮屈そうです。
ヘゴの裏側にある木部を割り取った状況です。
フウランの作業でも使った矢床とニッパーで薄い板状になっている木部を少しずつ割って取り除きます。
写真下方は使用した主な道具です。
食器ナイフはランの植え替えにも使っていますが、鉢から根を剥がすとき等に重宝します。
ナイフの刃は、ある程度丸くなっているものでないと根を傷つけます。
ペーパーナイフでもいいと思いますが、片刃のものより両刃のものが適します。
木部や陶器、プラスチック等の硬い平面に張り付いた根は、この時季であればナイフで容易に剥がせます。
食器ナイフのギザ刃のものは根を傷つけるので、グラインダー等で刃を落としてから使います。
刃の切れ味が残るものはコンクリート面等で刃先を少し丸くしてから使います。
使う時は、根の接着面と着生材の隙間に刃を当てて、根に沿って滑らすときれいに剥がせます。
矢床がなくても先端が細く尖った電工用のラジオペンチで代用できます。
ヘゴを扱う作業を行うには、安全のために薄手の作業用ゴム手袋をはめて、ランの取り外しの際には膝まで届くエプロンのようなものを着るか、もしくは膝の上に古布を敷いて時には膝の上で作業すると株を傷めずにできます。
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ヘゴ材からランを剥がした状況です。
ヘゴ材の維管束は緻密な方だったため、維管束層の中に潜り込んでいる根はほとんどありませんでした。
スノーダンサーの根は太いため維管束の層の中にはあまり潜入しません。
木部は一度に大きく剥がさず、繊維方向の縦に割れやすいので、細かく割って根の位置を確認しながら取り外します。
冬に行う場合は作業の1〜2日前にかん水してから作業すると剥がしやすい気もします。
冬の根は活動を始めた根に比較すれば水分が少ないため、柔らかく折れにくいです。
この時季は折れても切れてしまうことはほとんどなく、折れた部分を通じて水養分の保持や送液に支障はないようです。
ヘゴを交換した写真です。
ランの株元等に水苔を挟む方が活着まで安全かも知れませんが、活着後はない方がよいと思い、当園でも試しに使ったことがありますが、それ以後は全て使わなくなりました。
ランをヘゴに付ける際、新たに伸びる新根を張り付きやすくするため、株元をヘゴにできるだけ密着させます。
そのため、株をヒモ等でしばる際には少々力を入れてしばります。
この時、ヒモ等が株元のどの部分を押すか考慮してヒモを通します。
株を取り外すと、その時点で付いている根は全て新しく交換したヘゴに張り付かないので、古根をヘゴに密着させる必要はありません。
ただし、古根もヘゴに沿わせて縛ってやれば、水分(水蒸気も含め)の保持に若干の効果があるかも知れません。
張り付かない古根でも、古根の先端や途中から枝根を出して再度伸び出す根は張り付く可能性があります。
新根も全て張り付くとは限りませんが、空中へ伸びたものはそのままでよいです。
ある程度伸びたら、ゆるく無理がない程度の力で誘導することはできますが、空中にあっても水分は吸収するので誘引しなくても支障ありません。
この作業に関わらず、古根は折れても切断しにくいですが、伸長中の新根は折れると切断しやすいので注意します。
この株のように元々ヘゴ着けだったランは乾燥に強くなっているので問題ありませんが、新たに初めてヘゴ着けする予定のランは、その前から乾燥に耐えるような作り方をしておくと活着がよりスムーズにいくと思います。
ヘゴに着ける着生ランの選定では着生ランの本来の生きる姿であるため、全ての品種が着生可能ですが、富貴蘭の一部の品種のうち根出しのよくないもの、弱陽で作るのが適するもの、貴重なもの、性質の弱いもの、小さな株等はヘゴ着けにあまり適さないと思います。
ヘゴ材の加工はノコギリで適当な長さに切断し、写真の木工ヤスリで面取り(角の丸みづけ)を行います。
維管束部分は容易に削れますが、木部は非常に硬くて木工ヤスリでは削れません。
2種類のマイナスドライバーと、薄手のゴム手袋です。
以下の写真は、上記とは別株のスノーダンサーの写真です。
この株も2月にヘゴ交換したスノーダンサーで、ヘゴ材が相対的に小さ過ぎるのと、実生と思いますがノキシノブ(若干の変わり葉です。)が茂り過ぎてしまいました。
水やりは他の株と同じサイクルなので、時折ノキシノブがしおれているのを見て、ヘゴの交換作業を行いました。
この小さなヘゴにランの大株と、それ以上に茂ったノキシノブでは、かん水の水分も互いに取り合って短時間でなくなります。
ヘゴの裏側の状況です。
ノキシノブの根は維管束部分に繁茂し、木部表面には伸びていません。
ヘゴの上端の様子です。
維管束部分の表面はノキシノブの根で覆われ、さらに苔が生えています。
木部を剥がすと、その隙間にはランの根とノキシノブの根が入り込んでいます。
維管束層と木部の境界にある厚さ1mm程度の薄い膜のような板の一部を割り取ったところです。
木部に張り付いているランの根をナイフで剥がすところです。
平滑面へ張り付いた根はほとんど傷つけず容易に剥がすことができます。
木部部分の根を剥がした状況です。
維管束層と木部の境界にある薄い板を剥がした状況です。
この薄い板には維管束部分が密着しているのですが、板が浮き上がったほんのわずかな隙間にもランの根が入り込んでいます。
このヘゴ材の維管束の層は割合に柔らかく、ほとんどナイフのみでランとノキシノブの本体を剥がすことができました。
ヘゴ材から分離したスノーダンサーとノキシノブです。
ノキシノブの根は、糸よりも細くかなり広範囲に伸びているため、株元付近を残して過半の根を切断して取り外しました。
スノーダンサーを用意してあったヘゴ材に着け、交換作業が終了しました。
今までヘゴの交換は困難だろうと思っていましたが、作業をやってみると意外に容易にできると感じました。